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名古屋地方裁判所 昭和40年(行ウ)32号 判決

原告

松原隆

代理人

阪本貞一

ほか二名

被告

旭町町長

大竹儀三郎

小林葉子

代理人

神谷幸之

主文

被告旭町町長が、被告小林葉子に対するたばこ消費税に係る報奨金交付処分としてなした別紙目録記載の処分を取消す。

被告小林葉子は訴外旭町に対し金二〇四万七〇九〇円の支払をせよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一、原告が東春日井郡旭町の住民であること、被告小林が同町の区域内である肩書住所に営業所を有する製造たばこ小売人であること、被告旭町町長が別紙目録記載のとおりの各金員を、被告小林に対したばこ売上報奨金として交付する旨の処分をなし、これに基づき各金員の支出をなしたこと、原告が右報奨金交付を違法と認めて地方自治法二四二条一項により昭和四〇年四月九日旭町監査委員に対し監査および必要な指置を講すべきことを請求したが、同年六月四日同委員から右請求は理由がない旨の通知があり、これが翌五日原告に到達したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、別紙目録記載の報奨金交付処分およびこれに基づく支出行為について考える。被告らは、右被告町長の支出は、旭町議会により議決された歳出予算に基づきなされたものであり、かつ、事後においても同議会の承認を得ているものであるから、右支出の前提となる交付処分の適否を判断することは、ひいて町議会の議決そのものを監査の対象とする結果となる、よつて、かかる訴訟は許されない旨主張する。しかしながら、当裁判所は、地方公共団体の議会の議決があつた公金の支出についても、地方自治法二四二条の二のいわゆる住民訴訟により当該行為の取消又は無効確認請求並びに損害補填に関する請求をなし得るものと解する(最高裁判所昭和三七年三月七日大法廷判決。民集一六巻四四五頁参照。)から、被告の右主張は、前記支出等につき町議会の議決があつたか否かを確定するまでもなく、採用することができない。

三、次に、原告は、被告町長の前記交付処分等は何ら法令または条例にその根拠を有せず、違法なものである旨主張し、これに対し被告らは、右は旭町の公益上必要があるため支出された補助金であるから適法である旨抗争する。〈証拠〉を総合すれば、左の事実を認定することができる。

訴外小林貞男は、製造たばこの小売人であつて、その業態は日本専売公社から大量にたばこの売渡を受け、これを多治見市および名古屋市内のいわゆるパチンコ業者に転売するというものであるが、右訴外人がパチンコ業者に販売する価格は一般の小売価格よりも低くしているので、その利得は販売高の割合には薄いものである。右訴外人は昭和三一年頃には旭町に隣接する東春日井郡高蔵寺町(現在では春日井市に合併されている。)に営業所を有していたが、自己が右のように高蔵寺町内に営業所を設置している結果同町が公社に課し同町の収入となるたばこの消費税が多額にのぼることに着眼し、同町当局と交渉の結果、昭和三一年以降たばこ売上報奨金名義で同町から交付金の支出を受けるようになつた。しかるに同町の町議会議員の一部から右交付金の支出に反対の声があり、住民から監査請求がなされていたところへ、同町が春日井市に合併されるという事情もあり、同三七年頃右交付金の支出が全く打切られた。そこで、右訴外人は同三七年四月頃被告小林葉子(訴外人の娘)をして旭町の区域内にたばこ小売人の営業所を設けさせたことを機会に高蔵寺町の場合と同様の交付金を旭町からも得ようと考え、被告旭町町長に対し、右交付金を受けることができるならば、従前高蔵寺町内の営業所で取扱つていた大量の公社からのたばこ仕入れを右被告小林葉子の営業所の取扱に切り換える旨申出た。当時の訴外小林貞男の公社からのたばこ仕入れは年間六〇〇〇万円から一億円に達し、右たばこ売渡につき公社の納付するたばこ消費税は年間一〇〇〇万円に及ぶものであつたから、被告旭町町長は前記小林貞男の申出に応じて同人のたばこ仕入によるたばこ消費税の収入を旭町の手に納めることとすれば、当時の旭町の収入の約一割に当る大きな財源を確保できるうえ、たばこ消費税の徴収には何ら経費労力を必要としない故に、報奨金を支出してもなお町財政のためには有利であると考えた。そこで、被告旭町町長は前記小林貞男の申出を容れ、昭和三七年一二月二八日から同三九年三月三一日まで一六回に亘るもののほか別紙目録記載のとおり被告小林葉子に対したばこ売上助成ないし奨励の名のもとに補助金を支出して来たのである。

以上の事実を認定することができ、右認定を動かすに足る証拠はない。右認定の事実関係によれば、被告旭町町長が被告小林に対し、たばこ売上の助成ないし奨励の名のもとに交付することを決定し該処分に基づいて支出された別紙目録記載の金員は地方自治二三二条の二にいう補助金に該当するものと解すべきものであり、しかもその支出について公益上の必要があるとはいえないから、右被告町長の交付処分および支出行為は違法であるといわなければならない。けだし、被告小林のたばこ小売営業においてその利幅が薄いということはその業態から導かれる必然の結果にすぎないにかかわらず、本件報奨金の交付は実質的には旭町の収入たるたばこ消費税の一部をさいて(予算制度の構造上法律的にはもちろんそうなつてはいないが。)これを被告小林葉子なる一個人に無償で与え同被告の営業利益を補充してやるものに外ならず、かくのごときは旭町の公益に何のかかわるところもないからである。被告らは、被告小林の営業により旭町のたばこ消費税収入が増加し、財政が豊かになるから同被告の営業を助成するための補助金交付は公益のためにされた支出であるというけれども、前記二三二条の二にいう「公益上必要」とはたんに当該公共団体の収入の増加に役立つということではなく、住民全体の福祉に対する寄与貢献と解すべきものであるし、本件における町税収入の増加は直接には日本専売公社のたばこ消費税納付によるものであつて、被告小林は自らの営利のために努力しているだけのことにすぎない。また、その業態も補助金を支出して助成しなければならないほど公共性の高いものでもない。もしそれ、被告らの右主張が、旭町において本件報奨金を支出して被告小林の営業所を旭町の区域内にいざなうのでない限り、みすみす他市町村に巨額の財源を奪われるということをいわんとするのであれば、本件報奨金の支出は収入増加をはかる手段としてすら正道を外れたものと評さざるを得ない。よつて、被告らの主張は採用できない。

(なお、補助金の交付行為は、公法上の単独行為というべきであるから、取消の対象となりうることはいうまでもなく、また、普通地方公共団体が右法条により寄付または補助をするのはその長の裁量行為によるのであるが、右は全くの自由裁量ではなく、客観的に当該支出が公益上必要であることを要すると解されるところ、被告町長の本件報奨金交付処分が旭町の公益上必要であるといえないことは前記のとおり明白であるから、右交付処分は不当たるにとどまらず、違法として取消を免れないものといわなければならない)

四、右に述べたごとく、別紙目録の交付処分が取消を免れないものとすれば、右処分に基づく支出行為により被告小林葉子が取得した金員合計二〇四万七〇九〇円は法律上の原因なくして同被告に生じた利得であること言を俟たないところであつて、原告は旭町に代位して同被告に対し右金員を旭町に支払うべきことを請求することができる。

五、以上説示のとおりであるから、原告の請求はいずれも正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。(宮本聖司 横山義夫 将積良子)

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